A Pale Vew of Hills

私はもしかしたら外国人が日本や日本人を描写した作品を今まで読んだことがなかったのかもしれません。
そして日本語の本が英訳されたものも読んだことがないのかもしれないと、この作品を読みだして思いだしました。
それくらい、なんというか不思議な印象を受けた本でした。
戦後間もない転換期の長崎を舞台にした全く性格の違うような日本人女性二人の会話、家父長制が変わりつつある時代の真っ只中にいる父親と息子の会話、戦前に教育に従事した元教師と戦後の教育の場を担っている彼の元生徒の会話。どの会話も
とても興味深く、印象的です。
ただ、全員が同じことを何度も何度も繰り返し言うんです。多分私たちは普段からこんな風にしゃべっているんだろうなと思います。例えば、急なお客さんが来たとします。
「あ、散らかっていますけれど、どうぞ、上がってください。ごめんなさいね、ちょっと忙しくて、片付けていなくて・・・」と言いながら部屋に通します。
お茶を出しながら、「いやーまー、遠いところ、わざわざいらしてくださって・・・ほんと、片付いていなくて、恥ずかしいわ」
というような会話をしたとすると、片付いていない部屋のことをすでに3回も話しているわけですね。
なんとなく口をついて出てきている言葉は、会話中だと気にならないのですが、それが一語一句丁寧に英語になって表現されていると、ちょっとびっくりしますよ。
そして会話の後に、bow という単語が何度も何度も出てくるのです。私たちが何気なくしている、大きく頷いたり、頭をペコリとする動作のことでしょう。
外国人から見た私たちの会話、所作ってこのように見えるのだろうか、ということが一番気になったところです。
内容および感想は・・・・・・
多分カズオ・イシグロの作品の多くがそうなのでしょうが、どうにも書きようがないのです。
情景描写が素晴らしくて、まるで自分もその中にいるような錯覚を起こします。
回想の中の長崎の様子は真夏にヒタッとした汗をかきながら、砂埃を軽く吸いこんでしまったような感覚になり、イングランドにいる現在の様子はグレーの空としとしとと降り続ける雨を窓から眺めている、というように。
読む季節は断然真夏の暑い時期がお薦め。ジリジリした真夏の長崎に思いを馳せながら、ところどころヒヤッと感じていただきたい。
ただ、私の読んだこの出版社の本は薄くてホールドしやすかったのですが、字があまりにも小さくて行間も狭いので、ある年齢に達してしまっている場合は要メガネになるでしょう(笑)レビューもあとがきもないの私は物足りなかったので、できたら別の本で読んだ方が良いかもしれません。
カズオ・イシグロ、この作品を処女作で発表するなんて、本当に驚かされます。
奥が深くて、不思議で、ちょっと spooky。 またまた大満足。これからも、彼の作品を読むのが楽しみです。